京都・伏見桃山の地に、洒落た外観と白い空間が印象的な ”ラ・ネージュ" さんが存在します。一般的なサロンとは一線を画す「同時代の茶室」。ご亭主である四方有紀さんが25年の歳月をかけて大切に育ててこられました。人間同士の様々な垣根を取り払ったコミュニケーションの「創造の場」であり、アーテイストとしての有紀さんの表現そのもの。そのラ・ネージュさんと有紀さんの記念祭の一環として「馬場精子独演会」を企画していただき、10月8日の体育の日に出演いたしました。
二人で予め「作戦会議」。トークを交えた会にしようということになり、二人の「出会い」を有紀さんから、そしてちょっとした「馬場精子ヒストリー」もお話しすることができました。朗読や作品への思い、作者のエピソードも交えたトークは、ご参加いただいた皆様からもよりいっそう朗読を楽しむことができたと、好評でした。
今回は三つの作品を選びました。まずは芥川龍之介作『蜘蛛の糸』。誰もが知っている作品。そして朗読を学んだことのある方なら、1度はテキストにされたことがあるのではないでしょうか。他の作品にも言えることですが、語り手がどのような考え、立場で話をしているのかで随分と趣が異なってきます。さて、皆さんならこの作品をどう捉えるでしょうか。朗読会が終わり「あんなふうな読み方があるのですね。違う作品みたいです」という感想をお客様からいただきましたが、嬉しいことです。
二つ目の作品は樋口一葉作『十三夜』。ご存知のように「上・下」という構成ですが、全体が長いため、「上」の一部を朗読しました。
十三夜の夜に、斉藤家のお関は嫁ぎ先からただ一人実家に帰ってきます。何も言わないお関の様子を両親が不審に思っていると、嫁いでからの日々を涙ながらにお関は話し始める・・・そのあたりから朗読いたしました。後でお聞きしたことですが、何人もの方が涙を拭われていたとのこと。時代が変わっても、同じ女性として母親として娘として様々な思いを重ねられるのかもしれません。
人が生きるには、当然「キレイゴト」だけでは済みません。自分はこうありたい、こう生きたいと思っていても、社会の中で生きているわけですから、なかなか思い通りになりません。例えば小さな単位である家族もそうですね。
私にも子どもがいますが、私が居なければ生きていけない”いのち”を授かり育てる中には様々なことがありました。そして両親のこと、関わって親族のこと。その人たちも皆、社会の中で生きているのですから、問題は複雑に絡み合うことになります。小さな単位だけでも書ききれないことがたくさんあります。
時代は明治ですから全く現代とは状況は違いますが、似たようなことは大なり小なりあるように思います。そしてお関は、「家」を「家族」を捨てることをしませんでした。父親の言う通り嫁ぎ先である原田家に帰ります。
それは敗北でしょうか。流された生き方でしょうか。いろいろな考え方があると思うのですが、お関が思い切って嫁ぎ先を出るという行動を実際に起こし、考え、自ら進むべき道を主体的に選び取った結果だと私は思います。
彼女は涙ながらに、「親」を守り「子ども」である太郎を自分の手で育てることを、悲しみの淵から決意しました。生まれた子どもをその手に抱いた時に感じた、いのちの感触。匂い。温かさが蘇ったのかもしれません。それは決して後ろ向きな姿勢ではありません。これからの彼女は夫の愚痴は言わないでしょう。もう彼女は、言う必要がないのです。それは負けないとか、頑張るとかそんな薄っぺらな感情ではありません。
「自分を信じること」「愛すること」。彼女が本当の意味で母になった瞬間であり、”ひと”として深い愛情を再認識した新たな出発なのかもしれません。
三つ目の作品はおなじみ宮沢賢治作『やまなし』を朗読したのですが、『十三夜』を読んでいる時、私は不思議な今まで感じたことのないような感覚を経験しました。それが『やまなし』を読む頃には、はっきりと自覚することができました。自分のまわりがとても気持ちのよい空気で満たされ、澄み渡り、広がって行くのを感じたのです。声が天上に向かってどこまでも響き渡っていくような。それはとても幸せな感覚でした。
「頑張っていますね」とよく言われますが、その時その時、一生懸命なだけです。そして実は朗読の秘訣、ヒントもここにあります。今、ここに生きている。その瞬間を感じること。大切に生きること。「その時」に集中するのです。朗読は(技術などの前提を除き誤解を恐れずに言えば)「自分の命をかけ、その瞬間を生きて読む」その集中力に尽きるのです。
時々振り返ってみたときに、楽しい人生だな、生きるっていいなと感じること。そして、お聞きくださる方が私の朗読を通して「生きているっていいな」と思っていただくことができたら最高に幸せです。そして、ひとりの人間として美しくありたいですね。
主催のラ・ネージュさん、お越しくださった皆さま、ありがとうございました。
留言